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東京高等裁判所 平成5年(く)18号 決定

少年 S・K(昭50.3.24生)

主文

原決定を取り消す。

本件を甲府家庭裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣意は、少年本人作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

少年の主張の要旨は、原決定が認定判示した非行事実4(強制わいせつ致傷)及び非行事実5(別紙非行事実一覧表記載の各窃盗)について、自分は右各非行を犯したことがないから、少年が右各非行を犯したと認定した原決定には、決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認がある、というのである。

二  非行事実4(強制わいせつ致傷)について

1  関係記録を調査して検討すると、まず、関係各証拠によれば、A子(当時9歳、小学校4年生)が、平成4年9月10日午前7時50分ころ、甲府市○○町××番地○○方先路上において、同女の後方からバイクに乗って近寄って来たヘルメットをかぶった男から、その場に倒された上、同女の着用するブルマの上から手指で陰部を弄ばれるなど強いてわいせつの行為をされ、その結果、右暴行により加療に約1週間を要する膣裂傷の傷害を受けたこと(以下、この項において「本件犯行」という。)は明らかである。

2  そこで、本件犯行の犯人が少年であるかどうかを検討するに、A子(以下「被害者」という。)は、司法警察員に対する供述調書(平成4年9月10日付け。以下「A子調書」という。)中で、被害を受けた状況や犯人の特徴などについて、次のような供述をしている。すなわち、〈1〉私が、小学校の制服である上が白色半袖ブラウス、下が紺色スカートを着て、赤色ランドセルを背負い、学校へ行く途中、○△の駐車場の南側の道を歩いて西側に少し入ったところで、ヘルメットをかぶった人が青と白のバイクで来るのが分かった、〈2〉狭い道のブロック塀のある所で、その人がバイクを止めて私の所に走って来て、急に私の両肩をつかまえたので、私が驚いてその人の方を振り向き、向かい合う恰好になると、その人から片方の手で自分の肩を強く押されたため、私は、その場に仰向けに倒れてしまったが、ランドセルを背負っていたので頭を打つことはなかった、〈3〉その人は、私が倒れると、私の前に立て膝の恰好をして、私のスカートの下から手を入れて来て、パンツとその上にはいた紺色ブルーマの上からお尻の穴などに指を入れられたりした、〈4〉私が両足をバタバタさせて相手を蹴ったり大声で叫んだりしたので、その人は1分位でやめ、バイクに乗って逃げて行った、〈5〉相手の人は、おじさんという感じの男の人で、白色ワイシャツ、ネクタイなし、灰色ズボンで、時計をしていない、眼鏡もかけていなかった、〈6〉被っていたヘルメットは、青色と白色の斜めの縞模様で、シールド(この呼び方は母に教えて貰った)がついていて、透き通った色付きでないシールドをヘルメットの上の方に上げていた、また、ヘルメットの上の方に「?」や「!」のマークがついていたのを覚えている、〈7〉その人の乗っていたバイクは、かごのついていない青と白のバイクで、その型は、父が以前に乗っていたバイクに似ている50ccのバイクで、母に聞いたら父はスクーター型に乗っていたというので、その型であるなどと供述をしている。

一方、少年は、原審審判廷においては自分が本件犯行の犯人であることを認めて争っておらず、捜査段階においても本件犯行に関し、自分がこれを行ったことを認める供述をしている。したがって、この点、A子調書によれば、被害者と少年とが知り合いの仲でなかったことは明らかであり、被害者の供述のみによっては、少年が犯人であると特定できる明確な証左が存在するとはいえないから、少年が本件犯行の犯人であるかどうかは、少年の右自白が、被害者の右供述その他関係各証拠に照らし信用できるものであるかどうかにかかっているものと考えられる。

3  そして、少年の捜査段階における自白について検討すると、少年は、司法警察員に対する同年12月14日付け(2通)、同月15日付け、同月16日付け、同月17日付け及び同月19日付け各供述調書(以下「少年の捜査官に対する供述」という。)において、本件犯行に至る経緯、犯行の状況等について、次のような供述をしている。すなわち、〈1〉自分は、本件当時、午前7時30分ころから午前9時ころまで、○○南側にある△△○○前給油所でアルバイトをしており、本件犯行の当日も、午前7時半ころ右給油所に出勤してタイムカードを押した後開店の作業をした、〈2〉開店作業を終えた後、給油所の先輩に朝食を買って来るよう頼まれたか、自分が甲府市○○町に住む友人のB′(正確な表記は「B」であって、供述録取者が誤記したものと窺われる。)に借金を返すためであったか、「先輩ちょっといいですか」と断って、バイクで出掛けた、〈3〉そのころは、先輩に頼まれて朝食を買いに行くことがよくあり、その日も朝食を頼まれたとすれば、そのついでにB′の家に借金を返しに行くことにしたと思う、〈4〉そのころ、自分の乗っていたバイクは、ガソリンタンクの上部が青色で他が白色の○○○○50cc(スクーター型ではない。)か、△△の50ccの黒色バイクか、母が使っている□□の黒色50ccの3台のうちの1台であった、〈5〉また、自分の使っていたヘルメットは、白色のフルフェイスで、前面にドラエモンの顔を描き、後部を黄色に塗ったものか、黒色フルフェイスで、ピンクっぽい色と白色のラインが5本位入ったもののいずれかであり、本件のときは黒色の方を被っていたように思う、なお、黒色ヘルメットにはシールドにカッティングテープで「?」や「!」のマークを貼ったことがある、〈7〉その際の自分の服装は、△△の制服であって、上は白色と緑色の細い縞、下はうすく緑がかった灰色っぽい、洗いすぎて色がさめたズボンという作業衣上下であったが、上着の方は作業服の上に白色の、長袖と半袖の中間位の袖つきで胸の付近にチャックのついた薄物の上着を着ていたと思う、〈8〉自分がバイクを走らせて、○○町の○△の北側の通りに出て、○△の方に南進中、上ははっきりしないが下が紺色のスカートをはいた制服姿の女の子を見かけ、その女の子の体に触っていたずらしてやろうという気が起きて、人通りの少ない所までつけて行こうと考え、○△の南側の駐車場脇から右の路地の方に入ったその女の子の後をバイクでつけて行き、路地に入った途中あたりでバイクを止め、さらに女の子の後をつけて行った、〈9〉そして、自分は、壁とブロック塀の間の細い路地のところで、その女の子の背後から同女に抱きつき、抱きつくと女の子が悲鳴を上げてうずくまるように屈んだが、自分の居る後ろの方へ女の子を引き倒し、仰向けになった女の子の右側に立て膝をして、左手をその子の首付近に入れ、右手をその子の両胸に当てて揉んだが、女の子の胸はふくらんでいなかった、〈10〉女の子は、クスクスと子供っぽい小さな泣き声で泣き出したが、自分は、それにかまわずスカートの中に手を入れ、下着の上から、右手で太ももを触ったり陰部に指を当て強く入れるようにしたりした、〈11〉すると女の子が泣き声を大きくしたので、近所の人が出て来ると思い、○△の方へ戻り、バイクのあった所からバイクに乗ってその場を離れ、給油所に戻った、〈12〉なお、その女の子がランドセルを背負っていたかどうかは覚えていないという趣旨の供述をしている。少年の捜査官に対する供述は、犯行状況や犯行前の行動等について具体的に述べているものである上、供述内容に関しても、少年が、本件犯行当日、右アルバイト先の給油所に午前7時半ころバイクで出勤していることや、少年が右給油所で開店の作業を終えた後、先輩に頼まれて買物などにバイクで出掛けるなどということもよくあったこと等については、右給油所に勤めていた他の者の供述等によって裏付けられている。

4  しかしながら、少年の捜査官に対する供述とA子調書とを対照して検討すると、かなりの部分について大きな食い違いがみられる。とりわけ著しいのは、犯行状況や態様そのものについてであり、少年は、右少年の捜査官に対する供述中〈9〉及び〈10〉掲記のとおり、少年が被害者の背後から同女に抱きつき、そのため悲鳴を上げてうずくまるように屈んだ同女の体をそのまま背後から後ろの方へ引き倒して仰向けにし、次いで少年が同女の右側に立て膝となり、右横から左手をその子の首付近に入れて抱くような形で、右手をその子の両胸に当てて揉むなどした後、スカートの中に手を入れ、下着の上から、右手で太ももを触ったり陰部に指を当て強く入れるようにしたりした旨述べているが、これに対し、被害者は、前記A子調書中〈2〉及び〈3〉掲記のとおり、犯人が手で自分の後方から自分の両肩をつかまえたが、自分が犯人の方を振り向いたため、自分と犯人とは向かい合う恰好となり、その後、自分は、前の方から犯人に片手で肩を強く押されて、その場に仰向けに倒れてしまい、そして、倒れた自分の前で犯人が立て膝の恰好をし、自分のスカートの下から手を入れて来て、パンツとその上にはいた紺色ブルーマの上からお尻の穴などに指を入れるなどという趣旨のことを述べている。すなわち、まず、被害者をその場に倒した状況について、少年の捜査官に対する供述は、背後から引き倒したというものであるのに対し、A子調書は、最初は後ろから手で両肩を掴まれたが、倒されたのは犯人と向かい合ってからであり、前から片手で押し倒されたと述べるものであって、完全に食い違っている。しかも、被害者がその際赤いランドセルを背負っていたことについては、被害者の供述に誤りはないと認められるところ、少年が被害者の背後から抱きつき、後方に引き倒したとすれば、その際少年としては、被害者がランドセルを背負っていることに気がつき、邪魔になったと感じるのが当然のことと思われるのに、少年は、右捜査官に対する供述中〈12〉掲記のとおり被害者がランドセルを背負っていたかどうか覚えていないと述べているのであり、この点少年の捜査官に対する供述には矛盾ないし不自然さがみられる。さらに、犯行の態様に関し、少年は、被害者の右横から抱くような形をとり、被害者の両胸に右手を当てて揉むようなことをしたと述べているのに、被害者は、少年から右のような態様の行為をされたことは一切述べておらず、右のような行為がなされたとすればこれまたわいせつ行為に当たるのであるから、捜査官においてこのような重要な事実に関し被害者の述べることを聞き落としたとは到底考えられず、また、犯人が被害者の胸を揉むなどしたかどうかについて、少年と被害者との間に記憶違いがあったなどと考えることもできない。右の外、少年の捜査官に対する供述とA子調書との間では、犯人がバイクから降りた地点についても食い違いがあり、また、犯人の服装や被っていたヘルメット、乗って来たバイクなどに関しても、両供述は合致していない(服装等の点については、後に当審における事実取調べの結果を合わせて検討することとする。)。

右のように、少年の捜査官に対する供述とA子調書とが極めて重要な点を含めかなりの範囲で大きく食い違っているということは、もし被害者の供述が信用できるものとすれば、少年の供述が信用できないものであること、いいかえると、少年が本件犯行に関与していないため異なる事実について供述をしたものではないかという疑いが生じる。したがって、原審においては、本件犯行が少年の非行事実であると認定するに当たっては、両者の供述に食い違いが生じた事情、被害者の供述の信用性、物的証拠による裏付け、ひいては少年の供述の信用性等について調査検討しなければならなかったにもかかわらず、そのような検討がなされたとは認められず、この点審理が十分に尽くされているとはいいがたい。

5  加えて、犯人の服装や被っていたヘルメット、乗って来たバイクなどに関し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、少年は、本件当時、被害者の述べるような服装をしていなかった可能性が大きく、また、ヘルメット及びバイクに関しても、少年の当時使用していたものは被害者の述べるようなものとは異なっていた疑いが強いといわざるを得ない。

(一)  服装の点についてみると、右のとおり、少年は、前記捜査官に対する供述中〈7〉掲記のとおり、本件犯行時の少年の服装について、自分の着ていたのは△△の制服であって、上は白色と緑色の細い縞、下はうすく緑がかった灰色っぽい、洗いすぎて色がさめたズボンという作業衣上下であったが、上着の方は作業服の上に白色の、長袖と半袖の中間位の袖つきで胸の付近にチャックのついた薄物の上着を着ていたと思うという趣旨の供述をしている。そして、関係各証拠によれば、本件犯行当日、少年が午前7時半ころアルバイト先の△△○○前給油所に出勤していることは明らかであるから、本件の犯行時刻からみて、もし少年が本件犯行の犯人であるとすれば、少年の供述するとおり、その際△△の制服を着用していたものと考えるほかない。一方、当審受命裁判官の少年に対する質問調書(以下「少年の当審供述」という。)、当審受命裁判官の証人C子に対する尋問調書(以下「C子証言」という。)、当審受命裁判官の証人Dに対する尋問調書(以下「D調書」という。)並びに当審で押収した長袖シャツ1着(当庁平成5年押第41号の2)、半袖シャツ1着(同押号の3)、ズボン2着(同押号の4、5)、ジャンパー3着(同押号の6、7、9)によれば、当時少年が着用していた△△の制服は、緑と白の縦縞シャツ及び緑色のズボンであって、その色調はシャツも一見すると緑色との感じを受けるもの、また、ズボンも濃い緑色であり、少年が前記捜査官に対する供述中で述べるように「うすく緑がかった灰色っぽい、洗いすぎて色がさめたもの」とは到底いうことができない。また、当審で取り調べた右各証拠によれば、少年が前記捜査官に対する供述中で述べる「長袖と半袖の中間位の袖つきで胸の付近にチャックのついた薄物の上着」は、本件当時少年の着用する衣服中には存在しなかったことが認められる。

これに対して、被害者は、前記A子調書中〈5〉掲記のとおり、犯人は白色ワイシャツで・ネクタイをしておらず、灰色ズボン姿であったという趣旨の供述をしており、被害者の年齢、当時の状況等を考慮しても、被害者の右供述が事実と全く異なるものとは考えられない。加えて、当審受命裁判官の証人A子に対する尋問調書(以下「A子証言」という。)中でも、被害者は、少年が着用していたという緑と白の縦縞シャツや緑色のズボンの実物を見せられて、犯人の着用していたものかどうか尋わられたのに対し、違うという趣旨の供述をしている。

以上から結局、服装に関し少年の着用していたものは被害者の記憶している犯人のそれと一致せず、したがって、この点においても少年と本件犯行との結び付きについて大きな疑いが生じるのである。

(二)  次に、ヘルメットの点についてみると、少年は、前記捜査官に対する供述中〈5〉掲記のとおり、少年が当時使っていたヘルメットは、全体が白色で、前面にドラエモンの顔を描き、後部を黄色に塗ったフルフェイスヘルメット又は黒地にピンクがかった白や灰色等の線が入ったフルフェイスヘルメットであって、本件のときは黒色の方を被っていたように思うという趣旨の供述をしているところ、少年の当審供述、C子証言及び当審で押収したヘルメット2個(前記押号の10、11)によれば、少年が本件当時所持していたヘルメットは、少年の右供述のとおり、生地が白色で黄色の塗料が塗られているフルフェイスヘルメット(前記押号の11)及び黒地に白色(一部ピンク色)の模様が描かれたフルフェイスヘルメット(前記押号の10)の2個であったことが明らかである。

一方、被害者は、本件犯行直後に警察官から被害状況を聞かれた際に、前記A子調書中〈6〉掲記のとおり、犯人は青と白の斜め縞のフルフェイスヘルメットをかぶっていたという趣旨の供述をしている。この点、本件犯行時被害者の置かれていた状況や被害者の年齢などを考えれば、被害者がヘルメットの色や模様を正確に認識できなかった可能性も考えられるとはいえ、被害者の右供述は、被害を受けた直後に述べたことであり、その際自分で青と白の縞模様の入ったヘルメットの絵を描いているのであって、こうした状況に照らし、その正確性に直ちに疑問があるということはできない。加えて、A子証言中でも、被害者は、少年の所持していた右ヘルメット2個(前記押号の10、11)を見せられて、犯人の被っていたものかどうか尋ねられたのに対し、いずれも違うという趣旨の供述をしている。以上みたことから明らかなように、ヘルメットに関しても、少年が本件当時被りあるいは使用していたものは被害者の記憶している犯人のそれと一致せず、したがって、この点においても少年と本件犯行との結び付きについて大きな疑問が残るというほかない。

(三)  さらに、バイクの点についてみると、関係記録並びにC子証言及び少年の当審供述を総合すると、平成4年9月当時、少年の自宅には、いずれもスクーター型の黒色塗装した□□及び△△と、青と白のツートンカラーの○○○○50の合計3台のバイクがあり、少年はこれらのバイクを自由に乗り回していたことが認められる。これに対し、被害者は、前記A子調書中〈7〉掲記のとおり、犯人の乗っていたバイクは、かごのついていない青と白のスクーター型のバイクであったという趣旨の供述をしている。そして、被害者の右供述の正確性について考えるに、たしかに、被害者がその際置かれていた状況、とりわけ被害者が間近でバイクを観察できるという状況にはなかったこと、被害者の年齢やバイクに関し有していた知識などに照らし、全く問題がないとはいえないにせよ、被害者は、スクーター型であると思ったことに関して、A子調書中で、そのバイクは父が以前に乗っていたバイクに似ている50ccのバイクで、母に聞いたら父はスク一ター型に乗っていたというので、その型であるなどと供述しており、少なくともスクーター型であることについては誤りはないものとみられる。また、被害者は、A子証言中で、前記青と白のツートンカラーの○○○○50の写真を見せられて、犯人の乗っていたバイクはこのような形ではなかったかと尋ねられたのに対し、形が違うという趣旨の供述をしている。

以上要するに、被害者の供述によれば、犯人の乗っていたバイクは青色と白色のスクーター型のものであるところ、少年が、本件犯行当時、使用することのできたバイクの中にスクーター型のものが2台あったが、いずれも黒色で、同様の色が塗られたものはなく、少年が本件当日に乗っていたと記憶する○○○○50は、色においては青と白であったものの、スクーター型ではなく、結局、バイクの点でも、少年と本件犯行との結び付きに疑問が生じることになるのである。

6  以上のとおり、少年の原審審判廷における供述や少年の捜査官に対する供述すなわち少年の本件犯行に係る自白については、犯行の状況や態様など重要な点に関し、被害者の供述と大きな食い違いがある上、当時の客観的事実に照らし明らかに不自然とみられる点もあって、その信用性に重大な疑問があり、これをもって直ちに少年と本件犯行を結びつける根拠とすることはできないのである。加えて、犯人の服装や被っていたヘルメット、乗っていたバイクなどに関しても、被害者の供述を誤りないものとすれば、少年の着用する衣服、使っていたヘルメットやバイクなどでこれに符号するものが存在せず、この点は、逆に少年が犯人であることを否定する根拠ともなり得る事情である。

そうすると、関係記録及び当審における事実取調べの結果を精査しても、他に少年と本件犯行を結びつける証左を見いだすことはできないから、少年が本件犯行を犯したことが合理的な疑いを越えて証明されたということはできず、したがって、少年が本件犯行の犯人であると認定した原決定には、事実の誤認があるものといわざるを得ない。

三  非行事実5(別紙非行事実一覧表記載の各窃盗)について

1  非行事実5のうち別紙非行事実一覧表記載の番号1ないし6の各窃盗について

関係記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、関係各証拠によれば、非行事実5の別紙非行事実一覧表(以下「一覧表」という。)記載の番号1ないし6の各窃盗については、原決定の認定判示のとおり、E子ほか5名の各被害者(いずれも女性)が、各日時場所において、金品等を窃取される被害を受けたことは明らかであり、また、その犯行の態様が、黒いフルフェイスのヘルメットを被り、黒いジャンパーなどを着た男が、バイク(一覧表番号2以外の各犯行については、いずれの被害者もそのバイクが黒色のスクーター型であった旨述べている。)に乗って、自転車に乗り路上を通行中の被害者の後方から近づき、被害者の体をいきなり押すなどして、被害者が一瞬驚いたすきに前かごなどに入っていたバッグや手提げ袋をさっとひったくり取るというもので、その手口がいずれも類似していることが認められる。そして、一覧表番号2ないし4の各犯行は、犯人が被害者の胸などに触るという行為にも及んでいること、いずれの犯行も比較的短期間内に甲府市南部あるいはその周辺で発生していること、一覧表番号1ないし3の各犯行、同4ないし6の各犯行は、それぞれ同一の日に行われたものであることなどが認められ、こうした状況に照らし、いずれの犯行も同一の者が行ったものと窺える。

また、少年も、非行事実5のうち一覧表記載の番号1ないし6の各窃盗について、捜査段階及び原審審判廷においてこれをいずれも認める供述(自白)をしている。そして、少年の右自白は、警察官らによる引き当たり捜査の際に指示した犯行場所が概ね被害者において先に被害にあった場所として警察に届け出た場所と一致し、被害品の内容や犯行の態様等も、少年の述べるところと被害届における記載とがほぼ一致し、とりわけ、少年が、本件当時黒色のスクーター型バイクを使うことができたことや、黒色のフルフェイスヘルメットなどを被ったりしていたことについても、少年は自ら供述し、こうしたヘルメット等を持っていたことについては、前記二において検討したとおり、当審における事実取調べの結果によっても明らかである。ただ、ヘルメットや着衣の色などについて、少年の供述するところと被害者の警察官に対する供述や被害届の記載などとに若干の違いのある部分もあるが、本件各窃盗がいずれも夜間もしくは暗くなってから行われたものであることや、被害者が犯人を見たのは極めて短時間であったことなどに照らし、被害者らが見間違えた可能性も十分考えられ、これらの点が少年の各自白の信用性に影響を及ぼすものとは思われない。なお、少年は、少年の当審供述中では、本件各窃盗の非行はいずれも自分が行ったものではない旨供述しているが、その供述内容は、なんら具体性がなく、右のように少年の捜査段階及び原審審判廷における供述が客観的状況と符号し信用できるのと対比して、少年の当審供述は信用することができない。

以上要するに、関係各証拠によれば、非行事実5のうち一覧表記載の番号1ないし6の各窃盗については、少年が右各窃盗の非行に及んだことは合理的な疑いを越えて肯認することができるので、少年がこれを行ったものと認定した原決定には、事実の誤認はない。論旨は、理由がない。

2  非行事実5のうち一覧表記載の番号7の窃盗について

関係記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、F子が一覧表記載の番号7の窃盗の被害にあったこと、被害を受けた際の状況や、犯人の男が一覧表記載の他の窃盗の場合と同じく黒いフルフェイスのヘルメットを被り、スクーター型のバイクに乗って来た者であることなどは、非行事実5のその余の窃盗の場合と全く同様である。また、少年が司法警察員に対する平成4年12月16日付け供述調書及び原審審判廷において、本件窃盗の犯行について、自分が行ったことを認める供述(自白)をしていることや、警察官らによる引き当たり捜査の際に少年が指示した犯行場所が被害者が被害にあった場所という場所と一致していること等も、非行事実5のその余の窃盗の場合と同様である。したがって、一覧表記載の番号7の窃盗の事実についても、一覧表記載の他の番号記載の各窃盗の場合と同じく、右各証拠によって認定することが許されそうである。

ところが、少年の右調書を子細に検討すると、少年が本件窃盗の犯行の状況について述べているところは、被害者が被害届に記載している被害状況と著しく異なっている。すなわち、被害届には「私が自分の自転車に乗って英語の塾に行く途中、後方から黒っぽいフルフェイス型のヘルメットをかぶって原付のスクータータイプのバイクに乗った男の人が近づき、私の乗った自転車の横につき、前かごに入れておいた教科書等在中のリュックサックをひったくられてしまいました」「犯人の男の人は左手で、私の胸の辺を一度にぎり、その後すぐ前かごのリュックサックをひったくりました」と記載している。しかし、少年は、右調書中で、自分は自転車に乗った女の人がいたので、道を聞くため声をかけたところ、相手が止まったので、自分も止まり「○○に抜ける道はどう行ったらいいですか」と尋ねた、女の子は、指を指しながら、北の方を示して、ぶっつかった所を右に行ってどうのこうのと教えてくれた、自分はその女の子がまたがっている自転車の右横にバイクを止め、やはりバイクにまたがったまま聞いていたが、女の予が道を教えてくれて間もなく、左手でその女の子の胸の付近を掴んだ、すると女の子が両手で胸を隠すようにして来たので、それを機に前かごのバッグあるいはカバンのような物を掴んで盗み、同時にスロットルを回して発進して逃げたという趣旨の供述をしている。

このように、少年が被害者のいう被害の模様と著しく異なった犯行の状況を述べているということは、あるいは異なった事実ないし別個の犯行について述べているのではないかという疑問が残り、被害者に今一度被害にあった当時の状況等について確認等を行わないまま、少年の右供述によって、直ちに少年が本件窃盗の犯行を行ったものと認定することはできないというべきである。したがってこの点、原審においては審理が十分に尽くされておらず、ひいては少年が非行事実5のうち一覧表記載の番号7の窃盗の非行を行ったものと認定した原決定には、事実の誤認があるというほかない。

四  以上から結局、原決定判示の非行事実4及び非行事実5のうち一覧表記載の番号7の窃盗の事実については、少年がこれらを行ったものと認定した原決定には、事実認定に誤りがあるといわざるを得ないところ、とりわけ非行事実4が未成年者に対する強制わいせつ致傷という事案も重大で、罪質も重いものであり、右両事実を除くその余の各非行事実の内容や罪質などのほか、原決定が「処遇選択の理由」の項で指摘する少年の性格や保護環境、保護処分歴がないこと等を合わせ考えると、たしかに、少年が、本件当時、通りすがりの女性に対しわいせつ目的で暴行を加える等の非行を繰り返し行っていたことは窺えるものの(ただし、少年は捜査段階で200件くらいの同種余罪があるなどと述べているが、事実関係が明らかになったものでもなく、裏付けもなんらなされていないので、少年の処遇を判断するに当たってこのような余罪の存在を考慮することは許されない。)、原決定の認定判示する、非行事実4及び非行事実5のうち一覧表記載の番号7の窃盗の事実を除くその余の各非行事実を前提に、直ちに少年を中等少年院に送致するのが相当であるかどうかについては、改めて慎重に考慮すべきものと認められるから、結局、原決定には決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認があるというべきである。したがって、本件抗告は、理由があり、原決定は取消しを免れない。

五  よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である甲府家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本時夫 裁判官 小田健司 河合健司)

〔参考1〕 原審認定の非行事実4及び5

4 同年9月10日午前7時50分ころ、同市(甲府市)○○町××番地○○方先路上において、通学途中のA子(当時9歳)に対し、同女の身体を倒し、ブルマの上から手指で同女の陰部を弄ぶなどの暴行を加え、もって、強いてわいせつの行為をなし、その際、右暴行により同女に対し、加療約1週間を要する膣裂傷の傷害を負わせ

5 同年10月28日から同年11月5日までの間、別紙非行事実一覧表のとおり前後7回にわたり、同市○町××番××号○○方先路上外6か所において、E子外6名所有又は管理にかかる現金合計約5万4080円及びショルダーバックなど47点(時価合計11万9300円相当)を窃取し

別紙 非行事実一覧表

番号

非行の日時(ころ)

非行場所(山梨県)

被害者

窃取金品

品名

数量

被害額

平成4年10月28日

午後7時45分

甲府市○町××番××号○○方先路上

E子

ショルダーバッグ

1個

時価1000円相当

財布

1個

時価5000円相当

現金

約1000円

キャッシュカード

3枚

クレジットカード

3枚

預金通帳

4通

印鑑

2本

保険証

1通

身分証明書

1通

定期預金証書

1通

同日

午後8時40分

中巨摩郡○○町○○××番地○○高校入口信号機交差点南西約50メートル先路上

H子

財布

1個

時価3000円相当

現金

約5500円

運転免許証

1通

キャッシュカード

2枚

同日

午後8時50分

甲府市○○×丁目×番×号

○○方東側路上

I子

リュックサック

1個

時価5000円相当

現金

約3万3030円

財布

1個

時価5000円相当

問題集ノート

2冊

電子計算機

1個

時価1000円相当

同年11月3日

午後8時

中巨摩郡○○町○○××番地の×先路上

J子

手提げバック

練習着

ガスゴテ

財布

1個

上下

1個

1個

時価3000円相当

時価3000円相当

同日

午後8時55分

甲府市○○×丁目×番××号

○○信用組合○○支店前路上

K子

手提げバック

1個

時価2800円相当

財布

1個

時価2000円相当

現金

約1000円

手袋

1双

時価3000円相当

会員カード

5枚

同日

午後9時30分

甲府市○○町××番地先路上

L子

布製袋

1個

時価1500円相当

現金

約1万2000円

財布

1個

時価4000円相当

印鑑証明カード

1枚

商品券のカード

2枚

時価合計7万8000円相当

同年11月5日

午後5時55分

甲府市○○×丁目××番×号

株式会社○○東側路上

F子

リュックサック

1個

時価1000円相当

財布

1個

時価1000円相当

現金

約1550円

教科書

1冊

問題集

1冊

窃取金品

現金合計約5万4080円およびショルダーバックなど47点(時価合計11万9300円相当)

〔参考2〕 差戻審(甲府家平5(少)502号、平5.7.30決定)〈省略〉

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